24時間テレビの風物詩として毎年大きな感動を呼ぶマラソン企画ですが、ネット上では選ばれたランナーは芸能界から消える、という不穏な噂が囁かれています。
大役を終えた後にテレビで見かける機会が減る出演者がいる一方で、現在も第一線で活躍し続けているスターも数多く存在します。
momo今回は、、歴代ランナーたちの現在を徹底調査し、本当に芸能界から消えるというジンクスが存在するのかなどについてまとめました!
24時間テレビのランナーが芸能界から消えるのは本当?
過去にランナーを務めた方の中には、出演をきっかけにテレビで見かける機会が減ったように感じられる芸能人も一部に存在します。
しかし、それは長期的なスパンでの活動変化や事務所の移籍、または一時的な露出の増減によるものがほとんどです。



実際には、大役を務めたあともドラマや映画、音楽活動などで変わらず引っ張りだこな芸能人は数多くいます!
そのため、特定のジンクスのようにランナーになると消えてしまうという事実はなく、あくまで偶然や一部の印象に基づく噂にすぎないと言えます。
芸能界は、本当にシビアな世界なので競争も激しいのはもちろんですが、人気絶頂期に引退する方もいるなど引き際が突然の方もいるので一概に比較はしにくいでしょう。
24時間テレビのランナーが芸能界から消えると言われる理由を解説
実際に全員が芸能界からいなくなる、消えたという事実はもちろんありませんが、以下の理由から一時的にメディアから消えた、見なくなったと言われている可能性はあります。
①インパクトの強さとその後の露出減少のギャップ
24時間テレビのマラソンは日本中が注目する一大イベントであり、ランナーが連日テレビで大々的に取り上げられることで、その時点での注目度や露出度がピークに達します。
番組終了後、一時的にメディアへの露出が通常のペースに戻るだけでも、視聴者側としては急にテレビで見かけなくなった、仕事が減ったのではないかと感じやすくなります。
このイベント自体の圧倒的なインパクトと、通常時の活動とのギャップが、消えてしまったという誤った印象を抱かせる大きな要因の一つとなっています。



実際に24時間テレビのランナー決定後は、練習の様子や近くなると様々な番組に出演するので、一時的にテレビ出演回数は急増します!
②スケジュール集中による一時的な休養や活動調整
過酷なマラソン完走に向けて、出演者たちは数ヶ月前から多忙なスケジュールを縫って過密な練習やトレーニングを重ねます。
本番終了後、心身の疲労回復やコンディション調整、または本来の本業である音楽活動や俳優業などへ集中するために、一時的にバラエティ番組などの露出を控えるケースが見られます。



特に普段からバラエティ番組や情報番組などで番宣をしていなかった方は、本来の仕事に戻るだけで露出が少なくなったと言われることも💦
このように本人が意図して一時的にメディア露出のバランスを調整している期間が、ネット上などで芸能界から消えたと誇張されて噂されてしまう背景にあります。
③年月の経過に伴うトレンドや芸能界の世代交代
1992年の間寛平さんから続く長年の歴史の中で、ランナーの中には時代の移り変わりや年齢とともに、テレビのレギュラー番組が終了したり第一線を退いたりする人が出てくるのは自然なことです。
また、結婚や育児、事務所の独立、あるいは自身の希望で裏方の活動や別ジャンルの社会貢献活動へとシフトする元ランナーも存在します。
そうした個々のライフステージの変化や芸能界全体の世代交代が、24時間テレビの呪い(ジンクス)のように結びつけて語られてしまうことがあります。
24時間テレビ 歴代のチャリティーランナー一覧
ここからは、24時間テレビ第1回開催から2025年までの過去のチャリティーランナーと走行距離を表にして解説していきます!
1990年代
| 年 | マラソンランナー | 走行距離 |
| 1992年 | 間寛平 | 153km |
| 1993年 | 間寛平 | 200km |
| 1994年 | ダチョウ倶楽部 | 100km |
| 1995年 | 間寛平 | 600km ※特別企画で7日間で完走 |
| 1996年 | 赤井英和 | 100km |
| 1997年 | 山口達也 | 100km |
| 1998年 | 森田剛(V6) | 100km |
| 1999年 | にしきのあきら | 110km |
24時間テレビ放送初回と2回目は、2年連続で風間寛平さんが走っており、1995年も含めると計3回チャリティーランナーと務めていることになります。
1995年の600kmという記録は、その年にあった阪神大震災のチャリティー企画として7日間で600kmを完走するという偉業を成し遂げた結果です。
2000年代
2020年代
| 年 | マラソンランナー | 走行距離 |
| 2020年 | 高橋尚子、土屋太鳳、吉田沙保里、陣内貴美子、松本薫、野口みずき | 120km |
| 2021年 | 岸優太、水谷隼、荒川静香 | 100km |
| 2022年 | 川井梨紗子、川井友香子、五郎丸歩、田中理恵、長谷川穂積、丸山桂里奈、林咲希、城島茂(TOKIO)、兼近大樹 | 100km |
| 2023年 | ヒロミ | 102.3km |
| 2024年 | やす子 | 81km |
| 2025年 | 横山裕(SUPER EIGHT) | 105km |
2010年代
| 年 | マラソンランナー | 走行距離 |
| 2010年 | はるな愛 | 85km |
| 2011年 | 徳光和夫 | 63km |
| 2012年 | 佐々木健介、北斗晶 | 120km |
| 2013年 | 大島美幸(森三中) | 88km |
| 2014年 | 城島茂(TOKIO) | 101km |
| 2015年 | DAIGO | 100km |
| 2016年 | 林家たい平 | 100.5km |
| 2017年 | ブルゾンちえみ(現:藤原史織) | 90km |
| 2018年 | みやぞん | 161km |
| 2019年 | 近藤春奈、よしこ、水卜麻美、いとうあさこ | 148km |
2000年代
| 年 | マラソンランナー | 走行距離 |
| 2000年 | トミーズ雅 | 150km |
| 2001年 | 研ナオコ | 85km |
| 2002年 | 西村知美 | 100km |
| 2003年 | 山田花子 | 110km |
| 2004年 | 杉田かおる | 100km |
| 2005年 | 丸山和也 | 100km |
| 2006年 | アンガールズ | 100km |
| 2007年 | 萩本欽一 | 70km |
| 2008年 | エド・はるみ | 113km |
| 2009年 | イモトアヤコ | 126km |
2000年代の24時間テレビでは、トミーズ雅さんや萩本欽一さんといったベテランタレントから、エド・はるみさんやイモトアヤコさんなどその年に大ブレイクしたお笑い芸人が多数ランナーを務めました。
特に女性タレントや芸人の挑戦が目立ち、過酷な100km超えの距離を完走し視聴者に感動を与えました。
2010年代
| 年 | マラソンランナー | 走行距離 |
| 2010年 | はるな愛 | 85km |
| 2011年 | 徳光和夫 | 63km |
| 2012年 | 佐々木健介、北斗晶 | 120km |
| 2013年 | 大島美幸(森三中) | 88km |
| 2014年 | 城島茂(TOKIO) | 101km |
| 2015年 | DAIGO | 100km |
| 2016年 | 林家たい平 | 100.5km |
| 2017年 | ブルゾンちえみ(現:藤原史織) | 90km |
| 2018年 | みやぞん | 161km |
| 2019年 | 近藤春奈、よしこ、水卜麻美、いとうあさこ | 148km |
2010年代のチャリティーランナーを振り返ると、複数人の名前が並ぶ年が見受けられます。
例えば2012年は佐々木健介さんと北斗晶さんの夫婦がタッグを組み、2019年には近藤春奈さん、よしこさん、水卜麻美さん、いとうあさこさんの4人がリレー形式で挑戦しました。
このように複数人で走るスタイルが導入された背景には、夏の暑い時期に長距離を1人ですべて背負う負担やリスクを分散させる目的があります。
また、家族の絆や仲間同士のチームワーク、バラエティ豊かな顔ぶれによる相乗効果で、番組により大きな感動や一体感を生み出すための演出上の工夫としても取り入れられていきました。
2020年代
| 年 | マラソンランナー | 走行距離 |
| 2020年 | 高橋尚子、土屋太鳳、吉田沙保里、陣内貴美子、松本薫、野口みずき | 120km |
| 2021年 | 岸優太、水谷隼、荒川静香 | 100km |
| 2022年 | 川井梨紗子、川井友香子、五郎丸歩、田中理恵、長谷川穂積、丸山桂里奈、林咲希、城島茂(TOKIO)、兼近大樹 | 100km |
| 2023年 | ヒロミ | 102.3km |
| 2024年 | やす子 | 81km |
| 2025年 | 横山裕(SUPER EIGHT) | 105km |
2020年〜2022年はコロナ禍での開催となり、通常の開催時と会場やルール等が大幅に変更になりました。
通常の公道を大人数が沿道で見守りながら走る形式は、3密(密閉・密集・密接)を生み出す感染リスクがあるとして、一時的に見送られたのも大きいでしょう。
一般の公道ではなく、関係者以外の立ち入りができない安全な私有地(サーキット場など)周回コースを使用し、走った距離に応じて募金額が増える募金ランという形式がとられました。



コロナ禍の数年間は、コロナ感染リスク等も考慮し深夜はマラソンを中断する措置も取れていました。
2023年からは再び単独でゴールを目指す、これまでの形式に戻っています。
24時間テレビのランナーで実際に芸能界から消えた・見かけなくなった人
24時間チャリティーマラソンランナーを務めた後から現在までで、テレビなどメディアの露出が減った、引退した芸能人を一覧にまとめました。
| ランナー名 | マラソン担当年 | 現在の状況・理由 |
| 西村知美さん | 2002年 | バラエティ等でのテレビ露出が徐々に減少 現在はタレント活動を続けつつ、資格を活かした分野などでも活動 |
| エド・はるみさん | 2008年 | 一時期に比べてテレビで見かける機会が減少 現在は大学院での学び直しや講演活動、タレント業などを並行 |
| 山口達也さん | 1997年 | 不祥事により2018年に所属事務所を退所し、芸能界を引退 |
| ブルゾンちえみさん 現:藤原史織 | 2017年 | 自身の希望により所属事務所を退所・引退 現在は本名の藤原史織として、社会貢献活動や自身の表現活動を |
テレビで見かける機会が減った理由や芸能界を離れた背景はそれぞれ大きく異なっています。
西村知美さんやエド・はるみさんのように、バラエティ番組等への露出が落ち着いてライフスタイルや活動の軸を変化させたケースがある一方で、山口達也さんは不祥事による事務所退所と引退という経緯がありました。
また、ブルゾンちえみさんとしてブレイクした藤原史織さんのように、自身の希望で事務所を離れ、現在は本名で社会貢献活動などの新たな道へ進んでいる方もいます。
このように、ランナー経験が原因となって消えたわけではなく、それぞれの人生の選択や時代の変化に伴う結果であると言えます。
24時間テレビのランナーから現在も第一線で活躍し続けている人
24時間テレビのマラソンランナーを務めた後も、変わらず第一線で芸能界や各分野で活躍し続けている主な出演者の方の方がもちろん多く、中でもメディアに出演機会が多い方をまとめました。
24時間テレビのマラソンランナーを務めた後も、変わらず第一線で芸能界や各分野で活躍し続けている主な出演者をまとめました。
| ランナー名 | マラソン担当年 | 現在の活動・状況 |
| 城島茂さん (TOKIO) | 2014年 | 多方面で第一線に立ち続けている |
| 岸優太さん | 2021年 | Number_iのメンバーとして音楽活動を精力的に行う |
| 土屋太鳳さん | 2020年 | 数々の話題作で主演を務める実力派女優として、映画やドラマの世界で変わらず第一線で活躍 |
| ヒロミさん | 2023年 | ベテランタレントとして多くのレギュラー番組を抱え、マルチに活躍 |
先ほどの表にまとめたように、24時間テレビのマラソンランナーを務めた後も、多くの著名人が変わらず第一線で活躍し続けています。
俳優、タレント、歌手など活躍の場はそれぞれ異なりますが、大役を成し遂げた後もそれぞれのフィールドで輝きを放ち続けるスターは数多く存在し、消えるという噂が単なるジンクスに過ぎないことを証明しています。
24時間テレビ2026 その他関連記事






24時間テレビのランナーが芸能界から消えるのはただの噂!
今回は、24時間テレビのチャリティーマラソンランナーに選ばれた芸能人は、その後消えているのでは?と言う噂についてまとめています。
・消える説は噂(デマ)であること
・芸能界は引退や活動休止なども多い世界
・第一線で活躍し続ける多くのランナーも多く存在
噂に惑わされず、これからも懸命に走り抜いたランナーたちのこれからの活躍を温かく応援していきましょう!






コメント